2023年の売買代金は約70兆円で断トツ1位。株価は5年で約20倍へ上昇した(記者撮影)/>
5カ月を費やした300ページ超のレポートで得たものとは――。
企業の不正会計を調査し、カラ売りを仕掛けたうえで調査レポートを公表する「カラ売りファンド」。上場企業で圧倒的な売買代金を誇る、半導体関連のレーザーテックがターゲットになった。
「カチカチと秒読みをはじめた時限爆弾。場所は日本。厖大な詐欺を働いている企業がある。株式市場で売買代金首位の銘柄だ」
刺激的なタイトルでレーザーテックの「不正会計」疑惑を指摘するレポートを6月5日に公表したのは、アメリカのカラ売りファンド、スコーピオンキャピタル。調査には5カ月、20名以上への関係者への取材を行ったとする、334ページにわたる大作のレポートだ。
株の「カラ売り」とは、足元の株価が高すぎると判断し今後は下がると予想されるときに行う投資手法だ。証券会社から株を借りて市場で売り、値下がり時に買い戻して借りた分の株を返却する。株価が下がるほど利益になる。
■キャッシュが少なすぎる?
レーザーテックは、最先端半導体の製造に使われるEUV(極端紫外線)露光装置に必要なマスク・マスクブランクス検査装置を手がけている企業だ。現在この分野で競合はおらず、市場を独占している。
同社は、株式市場においてもっとも有名な企業といえる。というのも、2023年の売買代金は約70兆円で全上場銘柄の中で断トツの1位。この5年で約20倍にまでなった株価が個人投資家を呼び寄せている。
膨大な内容のレポートだが、指摘したポイントは、同社が実際に現金として稼ぎ出す営業キャッシュフローが、会計上の純利益に比して少なすぎるという点に集約される。その要因として、棚卸資産(在庫)が多すぎることを問題視。製品のスペックに問題があるのではないか、というものだ。
レーザーテックはレポートに対し、「不正会計の疑惑について明確に否定いたします」と即日公表。翌6日には、会計処理について2ページの反論リリースを追加するなど対応に追われた。
ただ実際、レーザーテックの財務が「異質」なのは事実だ。
同社の業績は最先端半導体の需要増加や、市場での独占的なポジションもあって急激に拡大。純利益は2018年6月期からの5年間で10倍以上に拡大した。
■現金の代わりに在庫が積み上がる
この5年で累計1070億円の純利益を計上した一方で、営業活動によって実際に得たキャッシュフローは699億円にとどまる。総資産は同期間で500億円から2715億円まで怒涛の勢いで伸びているが、現預金の計上額は131億円から297億円とほとんど伸びておらず、総資産に占める割合も年々減少している。
総資産の伸びの中身はほとんど棚卸資産の増加だ。足元で棚卸資産の比率は56%で、東京エレクトロンやディスコ、KOKUSAIといった国内のほかの半導体製造装置メーカーは20~30%であることを考えるとその水準の高さが目立つ。
こうした、現金の代わりに在庫が積み上がっている財務状態を指摘して「不正会計の兆候」としたのがスコーピオンのレポートだった。
一方で、このレポートでは触れられていない点もいくつかある。1つは、レーザーテックが売上高の計上に「検収基準」を採用していること。そして、検収までの期間の長さだ。
レーザーテックの検査装置は顧客である半導体メーカーに納入後、同社のエンジニアが現地で稼働できる状態に調整を行う。調整が終わり、顧客が「検収」に同意した場合にのみ、売上高に計上される。
売り上げとして計上されるまでは、すでに出荷されていても棚卸資産としてバランスシートに計上され続けるわけだが、その期間はおよそ2年にもおよぶ。EUV露光装置はその技術的な難易度の高さから、調整・立ち上げに時間がかかるためだ。
■受注残は年間売上高の2倍以上
もう一つ、こうした長期の製品リードタイムに加えて注目すべきは膨大な受注残だ。
現在同社が抱えている受注残は足元で約4000億円。年間売上高の2倍以上だ。つまり2年をかけて検収が終わり、顧客から代金の回収が終わる前から次の製造の手当てをする必要があり、運転資金が逼迫する。これが手元にキャッシュが残らない要因につながっている。
運転資金が枯渇することを避けるためにも、出荷時に顧客から「前受金」として一部代金を受け取ることはなっているが、現在受注が殺到しているEUV向けでは販売代金の数割程度だという。
カラ売りファンドがレーザーテックに目をつけたのは、圧倒的な売買代金や個人投資家の多さから株価の下落余地が大きいと踏んだことに加えて、「会計利益先行率」の高さゆえともいえるだろう。
この指標は、会計上の純利益が実際のキャッシュフローに対して何倍あるかを表したもの。企業の収益の「質」を判断するもので、利益に実際のキャッシュフローの裏付けが伴っていない、つまり会計利益先行率が高い場合、収益の質が低いともいえる。
一方で、レーザーテックのように急成長している企業でもこの指標は高くなる傾向にある。前述のように会社の規模以上に受注が積み上がり、在庫の確保のためにキャッシュが圧迫されるからだ。
そこで「次のターゲット」になりそうな、流動性が高くPER20倍以上と割高な企業の中から、会計利益先行率が高い企業を以下でランキングした。
■成長企業が続々ランクイン
レーザーテックを抑えて1位になったのは、同じく半導体関連装置を手がけ、広島県に本社があるローツェ。半導体工場内で使われる半導体ウェハーの搬送装置を手がけている。近年の半導体工場の建設ラッシュを追い風に、膨大な受注残を抱えるといった点はレーザーテックと同様だ。
ほかの企業も半導体関連などをはじめ多くの受注残を抱える、いわゆる成長企業がズラリと並ぶ。
TBSホールディングスが2位になったのは、同社が3%を保有する東京エレクトロン株の評価益によるもの。上昇が続く東京エレクトロン株の値上がり益は純利益に計上されるに対し、売却によるキャッシュインが追いつかず、キャッシュを伴わない利益が計上され続けている。
レポートが発表された2日後までにレーザーテックの株価は10%程度下落したものの、すぐに反発している。5カ月間の調査による大作レポートの成果として割にあったのだろうか。
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