東芝インフラシステムズが長野電鉄の一部区間で実施している自動運転システムの実証実験。夜間の支障物検知試験の様子(写真提供:東芝インフラシステムズ)/>
東芝が長野電鉄の一部区間で2021年度から実施している鉄道自動運転システムの実証実験が基本動作検証を完了したことが東洋経済の取材でわかった。同社の自動運転システムの開発状況については2021年10月18日付記事(地味でも年商1000億、東芝「鉄道ビジネス」の実力)でも触れているが、実用化に向け一歩前進した格好だ。
■各社が実用化目指す「レベル2.5」
鉄道の運転の自動化レベルは、レベル1(運転士が発進、停止、加減速などの操作をすべて行う非自動運転)、レベル2(一部の操作が自動化され、運転士が出発時の安全確認、ドア操作、発車、緊急停止、緊急時の避難誘導を行い、列車間隔の確保や加減速、駅での停止はシステムが行う半自動運転)、レベル2.5(運転士以外の係員が先頭車両の運転台に乗務し、緊急停止操作や避難誘導を行う条件付き自動運転)、レベル3(運転士以外の係員が乗車し緊急時の避難誘導を行う条件付き自動運転、緊急停止はシステムが行う)、レベル4(完全に無人で運行する自動運転)に分類される。
レベル4はすでに「ゆりかもめ」などで実用化されており、決して難しい技術ではない。むしろネックとなるのはコスト面だ。ゆりかもめを例に取れば、全線が高架で建設されており踏切がなく、すべての駅にホームドアを設置しているため、軌道上に人や物が侵入するリスクが小さい。また、車両は自動列車運転装置(ATO)や自動列車制御装置(ATC)で制御されている。無人運転をするためにこれだけの設備を導入する必要があり、その金額は決して安いものではない。
そこで現段階では、運転士が不要となるレベル2.5やレベル3の自動運転の実現に各社が力を注ぐ。
レベル2.5の自動運転はJR九州が先行しており、実証実験を経て3月から香椎線で営業走行にこぎつけている。その技術は既存の自動列車停止装置(ATS-DK)をベースとしたもので、線路内に地上子と呼ばれる地上設備を追加設置することでその機能を強化し、ATC並みの運行安全性を確保している。
■「地上子」追加設置不要のシステム
東芝グループの東芝インフラシステムズもレベル2.5に対応する自動運転システムの開発に力を入れる1社だ。同社の自動運転システムの売りは、線路内に地上子を追加設置する必要がないという点だ。追加設置といっても既存設備の性能次第では地上設備を抜本的に見直す必要がある。その点で東芝の自動運転システムは地上子の追加設置にかかる設備投資や維持管理費などのコストを削減できるというメリットがある。
そのために大きな力を発揮するのは、車両前面に設置されたステレオカメラとライダー(LiDAR)である。ステレオカメラとは2つのカメラの視差から距離を計測できるカメラで、ライダーとは近赤外レーザー光を照射して、その反射光のタイミングを解析して距離を計測する装置だ。夜間などステレオカメラが苦手な状況では、ライダーが威力を発揮する。
走行中はGNSS(汎地球測位航法衛星システム)を活用しながら、ステレオカメラとライダーがランドマークとなる対象物の位置を確認し、地図データベースと照合して車両の正確な位置を検知する。トンネルの中や高架下などGNSSによる位置測定が困難な場所では、慣性センサを活用して列車の位置を推定する。地図データベースには位置ごとの最適な速度情報も組み込まれており、従来は運転士の経験に頼っていた速度制御を自動で行うことができる。
駅に近づくとステレオカメラやライダーが停止位置目標を認識し、GNSSや慣性センサを使って、自車の位置を把握、さらに速度の情報も活用して運転支援装置が加減速を制御し、停車駅の正確な場所で自動停止する。「実証実験では±50cm以内の停止位置精度を確認した」という。
自動運転で課題となるのは線路内への人や物の侵入に対する対策である。ゆりかもめのように全線高架にでもしない限りそれらを防ぐことはできない。既存の路線を自動運転に切り替えるなら、少なくとも運転士と同レベルの支障物検知システムを備える必要がある。
東芝の支障物検知システムは、ステレオカメラとライダーによる情報を線路地図データベースと照合して走行空間を認識し、人や物といった支障物の有無を検知する仕組み。支障物がなければそのまま走行し、問題があれば係員に音や光でブレーキ操作を促し、手動で停止する。
実証実験では夜間でもステレオカメラが200m先の人を検知することに成功したという。夜間に人間が通常視認できるとされる距離は110~130mとされており、それよりも長い距離を検知できたことになる。しかも「運転士による視認よりも早く検知できた」と担当者は胸を張る。雨や霧といった従来は運転士が目視で運行停止を判断する状況ではライダーが前方の視界を判定して自動で運行停止する。
■地方鉄道にとって「今後必要な技術」
同社では2015年から自動運転システムの開発に着手。2021年度から長野電鉄の協力を得て、須坂―信州中野間で実証実験を実施している。同区間は路線長13km。7つの駅があり、踏切数も54と多い。長野電鉄と組んだ理由について、「雪が降り、逆光もあるなど、いろいろな場面がある区間が実証実験に適している」と担当者が話す。一方で、長野電鉄は東芝からの申し出に対して「自動運転は今後必要になってくる技術であり、お手伝いしたい」(鉄道事業部技術課)。
もちろん実証実験が難なく進んだはずもなく、試行錯誤の連続。東芝の担当者は「技術開発の難易度はもちろんだが、どうやって試験するかにも苦労した」と振り返る。たとえば、線路内の人型支障物の検知試験。列車に実際に衝突させるわけにいかず、衝突直前にリモコンで支障物を倒すなどの苦労があったという。
今回の基本動作検証の完了を踏まえ、今後は前方監視技術の精度を高めて300m以上先の支障物検知を目指すとともに、さまざまな列車に適用できるようなシステムの改善にも取り組みたいという。また、現在はライダーが車両の前方外側に取り付けられているが、これも内部に収めるという。
人口減少社会を迎え、地方鉄道にとって運転士の確保が困難な時代になりつつある。しかも、資金力の乏しい地方鉄道が自動運転のために大規模な設備投資をするのは容易ではない。この自動運転システムが完成すれば地方鉄道にとって朗報に違いない。
このまま開発が順調に進むとは限らない。鉄道の歴史を振り返れば、基本動作検証が完了してもその後の耐久試験の結果が芳しくなく新幹線への採用を断念したフリーゲージトレインのような例もある。しかし、たゆまぬ努力が鉄道システムをより安全性に、より信頼性の高いものとしていることも鉄道の歴史から明らかである。